兵助の手は、冷たい。冬になるとなおさら。そんなに頻繁に手を触る機会はないのだけれど、ふとした時に触ったら、氷のように冷たくて、こちらの心臓まで凍りつくようだった。それ以来、兵助が近くにいるだけで何だか寒くなってくる。あいつは「心が暖かい証拠さ」と言うけれど、では俺は暖かくないとでも言いたいのだろうか?冬の風に吹かれ、校庭を散歩しているときだ。
「尾浜先輩!」 くのいち教室の、ユキちゃんが声をかけてきた。 「あれ、何してるの?」 「乱太郎たちをからかいに!」 「程々にしときなよ」 「はい。それより、これをおすそ分けします。乱太郎たちに飲ませてやろうと思っているんです」 ユキちゃんはそう言って、竹筒を出す。 「ありがとう。これは?」 「紅茶と言うお茶の茶葉です。甘い香りが特長なんです。知り合いに貰って、でも味が少し苦いんです。だから毒だと思うかなって。それであいつらが驚く姿を見てやろうかなって」 「ははあ」 「大丈夫です、本当に毒ではありませんから!」 ユキちゃんはそう言って、ずいぶん楽しそうに一年長屋へ駆けて行った。蓋を開けると、確かに嗅いだことのない、甘い葉の香りがする。食堂へ向かい、お湯を沸かし、湯のみを二つ用意して淹れた。 自室へ戻り、本を読んでいる兵助に渡す。 「はい」 「なに?これ」 「紅茶って言うんだって。くのいち教室のユキちゃんがくれた」 「へえ」 「少し苦いらしい」 兵助が湯のみを持つと、あちッ!と言って手を引っ込める。 「熱かったか?」 「熱いよ。驚いた」 「お前は手が冷たいからなあ。熱いものに敏感なんだ」 「いや、舌も火傷するぞ」 とは言っても気になるのか、香りを嗅いだり、湯のみをチョイチョイ、と突いたりしている。 「甘い葉の香りがする」 「うん。独特だよね」 「女の子が好きそうだね」 「そうだね」 兵助はふーっと手に息を吐く。冷めないうちに飲みたいのだろうけれど、どうにも手が冷たいというのは、不便で哀しいものだ。 「先、飲むぞ」 「どうぞ」 少し飲むと、ほんのりとした苦味の後に、葉をかじっているような味、細やかな甘みがする。が、全て薄っすらと味がするだけで、ほとんどお湯だ。何となくため息をつく。 「美味くなかったのか?」 「不味くはないが、美味くもないな…」 「そう」 少し、兵助の紅茶への興味が薄れる。 「寒い日に飲む飲み物は格別だよな。暑い日に飲むのも格別だが、あのスカッとした気分よりも、少しずつ暖まる感覚が、俺は好きだよ。手から始まって、口に入って、喉を通って腹に行くのがよく分かるんだ」 兵助が何か言いだしたので、ふうんと適当に相槌をつく。 「だけど、せっかく女の子から貰ったのに、それを俺なんかと二人で分けたりしたら、そりゃあ不味いに決まってる」 そう言って、兵助は布を挟んで湯のみを持ち、紅茶を少し飲む。そして、 「ほうら、やっぱり不味い」 と、にこりと笑って言った。 それが何だか嬉しくて、あーあ、こいつの心が暖かいのは、案外本当なのかもと少し思った。紅茶をもう一度飲む。口に入って、喉を通り、心臓を通って、腹に着く。兵助を見ると、紅茶は床に置いて、ぼんやりと外を眺めていた。その瞳に何が映っているのか、瞼が少しだけ下がり涙にならない水が滲む。鼻が赤い。息が白い。そうだ、今日は寒かった。熱い紅茶を飲んだのに、温まらないのは何故だろう。 ユキちゃん。やっぱりこれは、毒みたいだ。 二人で飲む紅茶が不味いだけで何となく悲しくなる五いの話 ユキちゃんに他意はない。 |