「勘右衛門が、狂って居ル!」

誰かがそう言ったのが聞こえた。それがまるで夜中に鳴くふくろうの声みたいに聞こえた。そうしてようやく気づいたのだ。そうだった。俺は狂っていたのだなあ。

どのようになって居たか、具体的に分かる。まず目の前に積み上げられている教科書の山を崩した。一冊として机の上に無いように。そうして、崩して散らばった教科書を一冊一冊、丹念にへし折った。表紙も破った。紐をほどいてばらばらにして、丸めて投げたやつもある。空になった机はもうひとつの机で割った。簡単には割れなかったので何度も上から打ち付けて、ふと手から離れて壁まで飛んで行ったので、今度は襖を開けて布団を引っ張り出した。五月蝿いのでろ組が入ってきて、八左が両肩を掴んで来たので(大丈夫だらう、)と思って布団の上に投げつけた。いてえ!と言ったろうけれど、その時は聞こえなかった。次は鉢屋が手を掴んできたが、その手を捻った。雷蔵が何か叫んでいる。捨てたはずの教科書が飛んできた。そのときから夜みたいだった。辺りは静かで、何だか寂しかった。

兵助は居なかった。最近久しぶりにひとりで実習に行ったのだ。勘右衛門は、狂ってなど居ない。不安だった。兵助がいない間ひとりで待っていると、ふとあんな歌が聞こえてきたのだ。

帰る場所など何処に在りましょう
動じ過ぎた
もう疲れた

そうして側の椿が落ちた。一輪がボトンと落ちた。兵助の声が聞こえた。「お早う、勘右衛門。」こころが、消えた。

だから狂ってなど居ない。けれども、「狂って居ル!」と言われて今まで、ひとつも動いていない。




「勘右衛門はばかだなあ」
「?」
「椿が落ちたくらいで不安になるなんて。俺は生きてゐるとも。」


























♪「ギャ.ンブル」椎.名林.檎
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