「MONO」の続編ぽいものです。読んでいなくても大丈夫です。
MONO→






















いつかこの恋が終わったら、

これを失恋と言うだろう。

誰かと恋が始まったら、

これを失恋と言うだろう。

いつかあいつが目覚めたら、

これを失恋と言うだろう。

誰かに愛されてしまったら、

この失恋は終わるだろう。

群青の空に阻まれて、

俺の失恋は、終わるんだろう。
















ぐんじょう







久々知が死んでからの尾浜は、ひどいものだった。生きることへの執着を忘れて、死を望むように生きるようになった。そうして目覚めているときも、本能のままに眠るようになった。このまま死ぬことを期待して、授業中でも、廊下でも、庭でも森でも川でも海でも、どこでも眠るようになった。けれど尾浜は死なない。卒業すると、尾浜は忍者になった。死を期待して、忍者になった。けれどそれでも尾浜は死なない。どこでも眠る癖は直らなかったが、尾浜はそれでも死ななかった。


そんな尾浜が、ある日忍術学園を訪れた。卒業してから一度も訪れなかったのに、久々知が死んでから一度も見せなかった笑顔と共に、学級委員長委員会へ訪れた。驚きの表情を見せる庄左ヱ門と彦四郎をよそに、晴れ晴れとした、吹っ切れた表情の尾浜は、高らかに報告した。

「聞いて俺は明日やっと兵助のそばに行けられる気がするんだ」

その意味を咄嗟に理解した庄左ヱ門は、動揺しながらも「良かったですね。おめでとうございます」と言った。尾浜は庄左ヱ門の手を取り、踊るようにくるくると回った。そうして彦四郎の持っている筆を取り、大事な書類に「ありがとう」と大きく書いた。跳ねるように部屋を出たら、庭に咲いている花を何本か摘み、鼻歌を歌いながらにおいを嗅ぐ。呆気に取られる庄左ヱ門と彦四郎に一本ずつ交互に花を渡し、空を仰ぎながら手を広げ、歌をうたう。土には尾浜の通った跡が所狭しと残り、地面を歩くたび砂が舞い上がる。尾浜は大声で歌う。何事かと、何人かの生徒が学級委員長委員会の部屋へ集まる。その中には伊助もいた。砂埃を巻き上げながら尾浜は歌い踊る。来たるその時を間近に感じ、太陽の光を浴びて歌う。異常な光景を、伊助は驚きながらも悲しみを感じながら見ていた。それは庄左ヱ門も、彦四郎も同じだ。久々知が死んだあの日から、尾浜は死を求めて、死を期待して生きていた。3人は、尾浜がそんな自分自身の愚かさに気づいてくれることを祈っていた。いつか変わってほしいと祈っていた。尾浜の晴れやかな表情は、そんな祈りが届かなかったことを意味していた。

「だけど、僕たちは祝福するべきなのかもしれない」

伊助が言った。

「尾浜先輩を、祝福するべきなのかもしれない」

庄左ヱ門と彦四郎は、何も言わずにその言葉を聞いた。今までの尾浜が愚かであるかどうか、それは自分たちが決めるべきではなかったのだ。

久々知が生涯で愛したのは尾浜だけだったし、尾浜もきっとそうありたかった。久々知を愛した事実は、彼が死んだときに尾浜の中で「失恋」となった。そして尾浜は、失恋し続けなければならなかった。彼を忘れないために。彼が生きた証のために。そして何よりも、彼を愛した自分自身の証のために。尾浜は両親から頻繁に勧められたお見合いを全て断ったし、色仕掛けに引っかかることもなかった。何かに縛られ続けていた尾浜はその日のみ眠ることを忘れ、心のままに歌い続けた。そして朝日が昇る頃、群青には程遠い空を従え、歌の最後の1フレーズを残し旅立った。

尾浜のその後の行方は誰も知らない。庄左ヱ門と彦四郎は、最後に尾浜に渡された花を散らさないよう、乾燥させてドライフラワーにした。日に日に茶色になり、それでも散らない花は、いつかの尾浜を彷彿とさせた。その時、伊助は空を見上げた。久々知の死んだあの日の、白い雲が流れ、どこまでも突き抜けるような、青い、そんな空だった。群青の空に阻まれて、

俺の失恋は、終わるんだろう。









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