「ようし、伊助、よくやったね。」

と言って、頭を撫でたとき、その右の手のひらに途轍もない恐怖を抱いたのだ。

ついさっきまで火薬を触っていたの。

「あ、」

そしてその前は寸鉄を握っていた。けれども、それは、何と思うこともなく。

「あ、」

いつしかこのてが、ひとをころしてしまうかもしれないと、おもうこともなく

「ありがとうございます!」

伊助は笑顔で去ってゆく。小さい手。小さい目。小さい背。あれが大きくなる度に、よくやったねと自身がこの手のひらで撫でてしまうのだ。
それは良くないね。

もう撫でるのはよそうかな。

そんなことを思っていると、奴は寂しそうに言ってくるのだ。

「先輩、僕のことは嫌いになりましたか?」

いつも頭で考えているのに。


ある日、激しいぶつかり合いの後、ふと、右手が千切られそうだった。
側にいた勘右衛門が、寸のところで防いでくれた。

「大丈夫か、兵助!」
「あ、ああ」

けれどもいっそ、千切れてしまっても良かったかもしれないね。この右手はそれほど大事なものだったかな。でもそれは。

「こら、兵助!」

だめだめだ!と叫んでいた。でも左手は止まらない!いつだって、そう、汚れてしまうのはこの右手。誰かを苦しめるのはこの右手。ひらひらと舞うのは、この右手。小刀を左手で握って、右手の手首に振り落とした、そう、そうすれば、きっと何もかも出来なくなって、きっと何も起こらない。きっとこの苦しみさえない。なければ毎日は退屈で、同じことが続いていて、それがとても退屈で、

「こら...」

毎日は、それが幸せなのかもしれない。な。だから右手はいらないのかもしれないね。ひらひらと舞うのは、この右手。
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